セッションに想う

 

 やり方としてはプロのホストバンドがいてお客さんは参加料を払って演奏する。まずはホストバンドの模範演奏、その後メンバーが交代しながらやっていくわけだ。

このはじめのホストバンドの演奏がとても大切なのだ。「これがジャズってことさ!これが演奏するってことさ!これが人生ってことさ!」というのを見せつける必要がある。もうひとつはずせない条件はどんなに参加者が多くてもホストバンドのだれかはいつもステージに居ることだ。いっしょに音を出しながら「これが、これが、これが」を感じあうためだ。たまにお客さんだけになってしまうセッションにでくわしたりするが、これはまったく意味がない。ホストバンドのセッションに対しての意識が低いのだ、参加料を稼いでやろうというだけのものだ。

 俺も毎月藤沢Jackでホストバンドやってるけど俺なりにがんばっている。しかし俺がいちばん恐怖しているのは譜面をかかえてやってくるボーカルの女性陣。まず俺に理解できないのはセッションの場に譜面をもってくるということだ。お勉強なら他でやってきておくれ。俺達はカラオケじゃねーってんだ。バンマスの鈴木さんはそんな人達の譜面をなおしてやったり世話やいてるけど俺にはとても出来ない事だ。俺が「これが、これが、これが」なんていったらやつらは「何それ?」と言うことだろう。ボイスって事は考えてもみないんだろうな。存在も知らないか。

 悲しいセッションは数々見てきた、この辺だと辻堂ブルックランズ、茅ヶ崎マリー、いずれもとんでもないホスト(ホステス)だった。がしかし心に残る良いセッションもあった、数年前の横浜ドルフィーでの井上淑彦さんがホストのそれだ。井上さんの“音を大切に思う気持ち”がしみ渡っていた。そんな中、無理は承知で井上さんに「フリーで1曲やりませんか?」と言うと、しばらく迷っていたけどやってくれた。この演奏がすばらしくて、これがセッションって事だよなー!

 俺は海外はヨーロッパしか行った事がないが、その中でセッションといえばすべてフリーだったような気がする。考えてみればまったくそのとおりな事で、セッションで曲をやるって奇妙な事だ。日本ではスタンダードセッションって事でやるけど、日本の中のスタンダードってことだ。枯葉とかソフトリーとかステラとか酒バラなんかまったく知らない人達となにをセッションするってんだ。

 フリーのセッションをやりたいものだ。サックスの松本健一はなってるハウスでやっているけど、湘南で実現するのは100年後か。永遠に無理な気もする。