M.A.S.H.ツアー2007 日記

 

11/16 ツアー前日

 いつものように板倉さんと平塚駅で待ち合わす、がしかし待てども現れる気配なし。そうこうするうち携帯に着信、嫌な予感どうり板倉さんから、覚悟を決めて出ると「板倉で~す。間違えた。今鎌倉。」間違えたって、どうすればそんな間違え方が出来るんだ?電車くらいちゃんと乗れってんだ、このぼけおやじが。先がおもいやられるぜまったく。

 この日はおいらの家で熱燗、板倉さんも体調が良さそうなのでガンガンついでやる。

 

11/17 出発

 森さんも無事合流し、出発。昨年は初日にかなり焦ったので今年は“まえのり”することに。山口県は防府のゲゲゲゲカルテットの実家、弘中家まで900Km。このところのガソリン代高騰に対抗しての省エネ運転を目指す。途中で燃費計算すると19.22Km/L。いいぞ、愛車カローラフィールダー。東名、名神、山陽、渋滞もなく順調。しかしゆっくり走ったので12時間かかる。徳山西インターからはゲゲゲゲカルテットのドラマー弘中 聡君の携帯によるナビゲーション。グッドナビのおかげで一発で近所まで、ハザード炊いて待っていると明らかに酔っ払ったハイテンションなおやじが「どーも、どーも!」と両手をこちらに振りながら近付いて来る。なんやなんや、と思っているとその手前の脇道から懐中電灯を持った聡君登場。おやじは聡のとうちゃんだった。聡は「これ持って帰りや。」とライトをとうちゃんに渡す。聡はおいらの車へ。

 新幹線で先に着いていたゲゲゲゲカルテット、ボーカルのshojima君、そしてとうちゃんはすでにへべれけ。shojima君の実家が酒屋らしく日本酒を18升、弘中家に送りつけたらしい。しかもなんだか良さそうな酒ばかり、最高だぜー! とうちゃんに日本酒を勧められた板倉さんは「日本酒はひかえているので、」おいおい、んじゃー夕べおいらの家でがぶがぶやってたのは何だってんだ? この日の弘中家は男9人にかあちゃん1人。かあちゃん、お世話になります。

 夜中、トイレに起きて行くとなにやらぼそぼそと話し声、若者2人がまだ呑んでいる。「おいらもまぜろー」って呑んでたら、隣の部屋で寝ていたかあちゃんに「あんたたち、いいかげんにしときなさい!」と若者2、おやじ1はしかられた。ごめん、かあちゃん。

 

11/18 防府 印度洋

 朝飯はかあちゃん特製の“かわらそば”、茶蕎麦のやきそばだ。元々どこのものかは知らないけど、昔大分で食べた事がある。板倉さんはうまいうまいと沢山食べていた。

 現場近くに車を置いて下見。すばらしいライブハウスだ。本当はおいらのグレッチを使いたかったけどタイバンもいるし、がまん。この日は6バンド中4バンド目。もちろんゲゲゲゲがトリ。ほとんどが地元のバンドだったけどおいら達の前が今時もこんなのあるの?っていう“馬鹿コアバンド”。でも1番人気らしい。音楽の世界はジャンルを問わず、どこでも一緒だなあと思う。くだらないものしか売り物にはならないんだねー。 そんな思いが強かったのか、演奏はじめてすぐにスティックがぶち折れた。おさえておさえて、、、、、

 この日から急に寒くなりセーター買おうかなあ、と思うほど。1人で防府の寂しい町を歩いていたら携帯に着信、タイコの小山彰太兄貴からだ。「大沼君、1月にDuoやんない?」なんだか、ほっとした。ありがとう、彰太さん。

 防府での初M.A.S.H.。何かは残せたのではと思う。

 

11/19 大牟田 道楽堂

 起きると、とうちゃんもかあちゃんも仕事に出て居ない。水でも飲んで出掛けようかと台所に行くと、なにやらふきんのかぶった食器が、皿とスプーン。まちがいない、カレーだ。かあちゃんが作っておいてくれたのだ。美味い!最近食欲の無いおいらもばくばく!!! 子供達に見送られて出発、いざ九州だー!

 道楽堂は2年振り。昨年は母屋の改装のため出来なかったけど今年はまったく良いライブになった。オーナーの井形ご夫婦はもちろん、お客さんの心においら達の音がしみこんでいくのが良くわかる。これがライブってことだよなー。

打ち上げはご主人の特製鍋。いつもあんこう鍋を作ってくれる。“あんきも”って美味いのーーー。打ち上げにお客さんが全員参加してくれたのが嬉しい。

 この日は柳川の平出夫婦も来てくれた。平出さんはもともとピアノ弾き。昔はおいらが1人で九州に来て、地元でバンドを作ってツアーをしたりしていたが、そのときのメンバーでもあった。10年ほど前病に倒れ、ほとんど半身不随、ピアノも酒もだめになってしまったが、回復の経過が良くて、この日は日本酒をガンガンに一緒に呑んだ。おいらはうれしくて、、、うれしくて、、、、、ううううう  元気でな!九州の兄弟。

 お客さんの中にやたらと乗りの良いお米屋さんのご主人がいて、森さんをお持ち帰り。

 

11/20 大分 

 昼位に起きて店に行くと、ママが「皆、温泉に行ったよ。」 起こしに行ったら「俺は良いから寝かしといて!」とおいらは言ったらしい。ママの立ててくれたコーヒーをすすっていると皆が帰ってくる。なんだか皆元気だなあ。森さんは「玄米30キロもらったから車に積んどいたよ。」ってあんたねー、旅の時はとにかく楽器以外は余計なものは増やさんといて。

今日は大分で投げ銭ライブだから気が楽だ、でも確認のメールしてみる。すると「昨夜からかみさんの体調が悪く店は開けないかも、ホテルは予約してある、俺も帰るのは8時過ぎになる。」とマスターからの返信。おいらは悩んだ。どういう意味なんだろう。来るなってことかなあ、だったらなんとか今夜の泊まりを考えないとやばいぞ。悩んだ末、とにかくホテルはとってあるというので大分に向かうことにする。大牟田―大分3時間。指定のホテルをなんとかみつけてチェックイン。とにかく店に電話してみると奥さん、てんで元気。いったいどういう事?大分人はとにかく変人ばかりだが、それにしても、、、6時半に店に行ってみるとマスターが居た。あんたさっき8時過ぎって、、、

おいらはほとんど怖くなってしまってずっと呑み呑み。本当にだれも来ない。「あのー、投げ銭ライブは?」とも言い出せず呑み呑み。ミステリアスゾーン大分。

 

11/21 博多 リバーサイド

 ホテルのロビーで集合。コーヒーショップでコーヒー3。チェックアウトを13時まで延長したので楽は楽だけどだれも食事しない。しばらくして、さー行くか!と駐車場へ。外に出て皆の目に入ったのは蕎麦屋のれん。決まりだね。今のおいら達の胃には蕎麦だぜー。

蕎麦にはうるさい信州男のおいらにとっては少々心配だがしかたあるまい。メニューをみると1番安いのが“ざる”だ。がしかしおいらはあの上に乗っている“のり”が嫌いなのだ。そこで店のおばちゃんに“もり”は無いのー?ってきいたら、「あるよー、にいさんは関東もんだね、関東の“もり”がこっちの“ざる”だよ。」だった。そういえば九州で普通に蕎麦を食べるのは初めてかも、なかなか美味かったぜ、おばちゃん。

 博多までは2時間弱。店に楽器を入れて、いつもの駐車場に車を入れて、いつものホテルにチェックイン、いつもの1時間延長申し込み。

 この日はお客さん2人。板倉さんはやる気、全く無し。ぜんぜんピアノひきやしねえ。気持ちはわかるけど、それはミュージシャンの態度じゃないぜ。おいらは「ふざけんなー!!!」の怒りドラムソロだった。 でもいいかげんにしとけよ小串さん!2人って、、、

 

11/22 久留米 ルーレット

 朝、チェックアウト時間前。掃除のおばちゃんに部屋に入られて起こされる。こんな事がホテルで起こって良いのかー?ロビーに降りると皆がすでにいて、やはり同じ状況だったようだ。「延長したろうが。ふざけんなよー!」って朝の担当のおやじに言ったらぶるぶる震えるばかり。道をきいてもだれもわからない。理解不可能なホテルだ“アメニティホテルin博多”。しかたなく車を出していつものように柳川を目指す。早く起こされたから、道は良くわからんけど下でちんたら行こうぜ。 

なんとか柳川に着いて本日のマネージャー江良ちゃんに電話。「江良さーん、今年のうなぎは“川よし”にしようと思うんだけど。」と言うと、「どーぞ、ごゆっくり。」ありゃ?来てくれないの?なんだよー自腹でうなぎ? わかったよ!食ってやろうじゃん!でも3人で2個にしとこうね! 

うなぎ後は大好きな“さいふや”へ。古い旅館なんだけど、ご主人がJAZZ好きで旅館にジャズ喫茶“グルービー”を併設してしまったところだ。おいらの柳川での定宿だ。江良ちゃんの結婚式の時は1週間ごろごろしていた。その時は毎日朝方まで呑んで夕方まで寝ていた。朝までよくつきあってくれましたよ、内山さん、酒呑めないのに。

 ルーレットは老舗のジャズクラブ。先代からお世話になっているところだ。ママさんが来てくれていて、とても嬉しい。なぜかピアノの調律師が来てくれていて、しかもステージ毎にしてくれて、板倉さんも気持ち良さそうだ。おいらも自慢のグレッチをフルセット。やはり良い音源でやるとバンドの音が美しくなる。森さんも絶好調だし、Beautiful M.A.S.H.だった。マネージャー江良も「森さんのフルートで涙が出そうになった。」なんてがらでもないこと言いやがって。んじゃー来年はうなぎおごってもらうからなー。

 本当はフリーなんかやりたくない今のマスター姫野息子さんだが、「母が最後まで居たんだから良いバンドなんでしょうね。」って言ってくれた。またおねがいします。くれぐれも。

おいらは九州ジャズの良心として信じている、“宮崎ライフタイム”“熊本おくら”“大牟田道楽堂”“柳川ファンクール”そして“久留米ルーレット”。

 

11/23 豊前 もみじ学舎

 よしゃー!最終日、恒ちゃんのところだー!

高速を日田で降りて耶馬溪から中津だ。この時期、耶馬溪は紅葉が良いってきいたけど、いまいちだ。森さんの運転だったけど、やはり疲れているらしくおもいっきり路線のかんばんを見落として「森さーん、10号線越えちゃったよー」っておいらに言われてUターン。

 10号に入るとすぐに見慣れた風景だ。地元の物産市場みたいな所に車を止めて、恒ちゃんと待ち合わせ。ぶらぶら市場を見ていると、なんとおいらの大好きな“かぼす”発見。しかも安い、1袋で100円。むひひー、2袋ゲット。森さんもなんだかいっぱい買い込んでる。米にかぼすに、もーフィールダーちゃんの燃費なんか関係ないもんねー。

 恒ちゃんといつものラーメン屋へ。今回のツアー初九州ラーメンだ。森さんとおいらはラーメン、板倉さんは餃子ビール。おいらと森さんがスープすすって「うまーい!」って言ったら、「そんなに喜ぶのはこの店では大沼さん達だけですよ。」と恒ちゃんのクールなコメント。

 現場に着いてセッティング、いつもながらサクサク動く恒ちゃんのスタッフに感心。ほとんどが幼なじみらしい。昔から良い子だったんだろうねー恒ちゃんは。この日の動員もすごくて、150人ほど。子供から大人まで。演奏中に目の前にいた子供がおいらを指差して「かっこいー」って、おじさん照れるぜ。

 演奏後、控え室に居ると何人かがCDにサインを求めに来る。その中の一組の母子、「お母さん、このCDは買った方が良いよ。」って言ったのは5才の男の子だった。こいつ頭グリグリだー!この現場の嬉しいのは子供が居ることだ。世の中にはこんな大人もいるんだぜー。

 撤収後、いつもの温泉でひとっ風呂。なにやら恒ちゃんが落ち着かない様子、車の中を探し回っている。「どうしたの?恒ちゃん、」「あのー今日の売上が、、」もみじ学舎に置き忘れ。もどってみると「うちで無くなることはないよ。」とのお言葉。良い田舎だ。「この事は日記には書かないで下さいね。」って恒ちゃんは言ったけど、書いちゃったもんねー。

 いつもどうり中津駅近くの店での打ち上げ。会場に行く前に恒ちゃんがおいら達に渡したのは“うこんの力”だった。最終日でもあり、楽しくてはしご酒。

 

11/24 帰り

 フロントからの電話で起される。プー、昨日は呑みすぎたぜー。ロビーにはすでにメンバーと恒ちゃんが。恒ちゃんは途中までナビゲートしてくれると言う。飯でも食って別れようぜ。10号を小倉方面に走ってガストに、ガストっていえば“目玉焼きハンバーグ”だよな。なんだか朝から食欲あるなー。これって“うこん”のおかげ?

 ガストの駐車場で記念撮影、恒ちゃんとお別れ。小倉東インターから高速へ。

しかし名神はなんで皆あんなにたらたら走るんだ?いらつくぜまったく。

 中津―平塚 14時間。帰りついたのは午前3時。板倉さんはおいらの家に泊まりだから一杯やっつけて寝ようとすると、「刺身が喰いてー!俺はあの九州の甘い醤油がだめだ。」と言う。わかる気がして、近所の24時間スーパーに買い出し。キッコーマン醤油をめいっぱいつけてまぐろを食わしてやる。さすがに疲れたようで「熱燗でもやらんか?」と言っても「俺はもう寝る。」だった。

 

  M.A.S.H.ツアー2007 走行距離2818Km